【レッスンレポート】「ショパンの今と昔の響き」

※画像をクリックするとPDFファイルをダウンロードすることができます


ピティナ・ピアノセミナーより

日時:2019年7月21日(日)

会場:汐留ベヒシュタイン・サロン

講師:宮谷理香、飯野明日香

ピティナの汐留イタリア街ステーションでは様々なテーマで講師をお招きしてセミナーを行っています。汐留ステーション代表のピアニスト飯野明日香先生はベヒシュタイン・ジャパンでもフォルテピアノ・モダンピアノのレッスン指導、イベントを精力的に行っておられます。

今回はショパン演奏における第一人者であるピアニスト宮谷理香先生をお招きし、飯野明日香先生と共に「ショパンの今と昔の響き」と題したセミナーを行っていただきました。当日会場には、モダンピアノのベヒシュタイン(フルコンサートグランド)とフォルテピアノのトレンドリン(1835年製 音域:F1~g4の6オクターヴ+1全音)の二台が並べられ、ショパンが当時実際に演奏していたピアノの響きを体験しながら現代のピアノでショパンを演奏する際に考えるべきこと、弾き方の秘訣を伝授していただきました。

■当時のフォルテピアノと現代のピアノとの違い(飯野)

今回使用するトレンドリンという楽器は1835年に作られたもので、ショパンが生きていた時代とほぼ重なります。簡単に当時の時代背景を振り返りましょう。

フランス革命(1789年)を機に、18世紀後半から19世紀にかけて文化の担い手が教会や王侯貴族から資本を持ったブルジョワという中産階級へと変わってきました。このブルジョワは貴族的なステイタスを求め、そこでこのピアノという楽器が目玉に上がりました。ピアノを持ち、子女に習わせるということは一種のステイタスでした。当時の女性には、ある程度の教養や音楽の嗜みが求められ、需要も高まり、子女向けのたくさんの曲が生み出されました。

ここからはピアノのお話。代表的なピアノのアクション3つのタイプについて整理しておきましょう。

1.ウィーン式アクション

(シングルエスケイプメント) 19 世紀初頭当時の主流で、今回使用されるトレンドリンもこのタイプ。軽い繊細なタッチで一音一音コントロール、テクニックが必要。

2.イギリス式アクション 跳ね返り式アクションによって力強く張りのある音が出る。1に比べてパワーを必要とする。

3.ダブルエスケイプメント 今のピアノの原型。フランス人のエラールが1821年に発明。1・2に比べ、さらに大きな音が出る。連打が可能で、オールマイティ。ショパンが体調の悪い時に弾いたという。

そして、これに加え、プレイエル。プレイエルといえば、今日ではショパンが愛奏していた楽器メーカーとして知られていますが、作曲家・演奏者でもあり、ショパンはプレイエルを音楽家としても認めていたことを裏付ける証言が残されています。このように、音楽的な感性の点でも結びつきが強かったということが分かります。

この後、宮谷先生に交代し、ショパンの人物について、ショパンの手について等の興味深いお話が展開されました。そしてその後、飯野先生がトレンドリン、宮谷先生がベヒシュタインを弾きながら、実際の作品へアプローチをされました。

■ノクターン第8番 Des-dur op.27-2

♪(トレンドリンで飯野先生冒頭を演奏。)

宮谷:繊細なコントロールですね。

飯野:柔らかいですよね。これを弾くときは手の甲が非常に大事です。フォルテピアノを習い始めて必ず言われることが、「力で押すな」。もし力で弾けば、楽器が悲鳴を上げて声を出さなくなります。

宮谷:実演していただけますか?

(実験後)…… 力で押すと、倍音が消えてしまうのですね。

飯野:そうなんです。力を抜いて弾くと、弦振動と共鳴をともにやりながら、お互いが歩み寄った響きを作っていけます。そしてペダル。残響が短いからペダルでもあまり濁らない。その分、響きを足していかなければ音が出ません。

宮谷:モダンピアノも力を入れすぎると、弦の響きがなくなってしまいます。ただ、打鍵の瞬間の指先のコントロール、一瞬でコントロールして重さを載せていかないといけない、その辺りがトレンドリンと違うところなのだと思います。モダンピアノで弾くとどうなるでしょう?~♪(ベヒシュタインで宮谷先生が演奏。)

飯野:モダンピアノもメーカーによって全く特色が異なりますけれども、今日はこのベヒシュタイン。感触はいかがですか?

宮谷:今日ベヒシュタインを弾いてみて感じたのですが、伴奏部分と旋律が、それぞれの音域で必要な役割を果たしてくれます。各音域で粒立ちが良い。なので、このトレンドリンと通じるところがあると思いませんか?

飯野:そうですね。ベヒシュタインはフォルテピアノのシステムが一番現代でも生かされています。ベヒシュタインはなんとプレイエルの工場に弟子入りしていたという歴史があります!各声部の混じり合いが少ないという特徴が、受け継がれています。

宮谷:現代のピアノには珍しいですね。現代のピアノは他のメーカーだと、融合されたものを作り、その上でうまくバランスをとっていきます。なので、ベヒシュタインのピアノを初めて弾かれた時にもしかしたらバランスがとりにくい、と感じた経験がある方もいらっしゃるかもしれませんが、それはそのような側面があるからですね。

飯野:バランスということで言えば、フォルテピアノでは弾きにくいと思う箇所があります。右手の旋律が三度の和音で進行する部分。モダンピアノだと、よりバランスをコントロールできますが、フォルテピアノではちょっとしたバランスコントロールのこつが必要なのです!!

宮谷:モダンピアノでは下声部はすごく小さく上の声部をより輝かせようとバランスをコントロールします。 

飯野:同じことをフォルテピアノでやろうとしても、あんまり差がない。だけど、響きとしては完結している。

宮谷:ああ、美しいですね!!でもその響きをモダンピアノでそのまま再現しようとすると、美しくない。やはりすごくバランスを取ります。あるいは、繊細さを生かして、煌びやかさはないけれどとても繊細な柔らかい音色で弾くこともできます。

飯野:小さい連符の連続する箇所【譜例3】などは意外と弾きづらい。フォルテピアノの鍵盤はモダンピアノに比べ、三分の一くらいの重さしかないといわれているにもかかわらず、粒を揃えにくくとても弾きづらいです。モダンピアノだといつも通り弾けるのに。

宮谷:そうなのですね!ここでは48個の小さい連符で書かれていますが、これを一つの箱(小節)に入れなければならないため、普通速く弾きます。モダンピアノでは速く弾けてしまうのですが、速く弾くと、ポーランドの先生は結構嫌がります。ひとつひとつの音がたとえ小さい音であってもすべて意味があるのだから速く弾くな、と。全部「言葉」なのだから言葉の震えが伝わるように弾きなさい、と教わるんです。まさしく今、飯野先生が仰ったようなことです。

飯野:モダンピアノだと簡単にできてしまうのに、これでは早く弾くことができないのです。粒立ちが悪い。逆に言えば、一音一音すべて言葉を持っている。

宮谷:一つ一つの音を伝えるようなつもりで、立ち上るように大事にひかなくてはいけないということですね。

■ノクターン第7番 Op.27-1

飯野:シャープ系からフラット系に転調するところはあまり意識しなくても自然に色が変わってくれる。放っておいても気持ちよく混ざってくれる。でもモダンピアノだと難しいと思いませんか?

宮谷:そうですね。ショパンの曲を弾くときは特にバランスが大事です。右と左だけではなく、和音のバランス、バスの音の後に続く和音を弾くときのバランス。そして、その理由が(トレンドリンを聞いて)すごくわかりました。ショパンがフォルテピアノで作曲していたということ。つまり、その最大音量を考えて演奏しなくてはいけない。その中で作られていた世界なのだろう、ということ。自分の一番出る音量はクライマックスまで取っておかなければなりません。その他の盛り上がるところで f が出てきても、最大を見せてはいけないのです。人は一度大きい音を聞いてしまうと、それ以上の大きな音の認識が難しくなるといわれています。クライマックスでないところは、さらにコントロールした音量とバランスが要求されるということですね。

■ワルツ第10番 h-moll Op.69-2

飯野:最後に聞いておきたいのが、ワルツ。ワルツのテンポ設定はどのようにしたらよいのでしょうか?

宮谷:ショパンのワルツを弾く上で考えなくてはならないのは、踊りのワルツと、抒情的な歌うような曲としてのワルツ。1・2番は踊りの部類、3番や7番は抒情的な繊細なもの。そしてこの10番も後者のタイプ。抒情的なタイプのワルツでは、1、2、3、と前者のタイプのように(リズムを強調して)弾く必要はありません。複数回出てくるのでたまにはそのように弾いても良いかもしれませんが。

でも、ショパン演奏では二度同じことは絶対に弾きません。すべて変えます。一度目はできるだけシンプルに、テンポもできるだけ揺らさず、ルバートは最小限に。日本のご飯を紹介する時に、まずは白いご飯をそのままお出しするように。2回目、3回目、4回目は自由に揺らしても自然に感じますが、1回目であまり揺らすと酔っ払いのようになってしまいます。

楽器と奏法を一緒に考えていくと、新たな視点が生まれ、表現の幅も広がりますね。

ここで一部が終了、後半はレッスンとミニコンサートでした。ショパンをテーマにフォルテピアノとベヒシュタインピアノを用いて宮谷先生、飯野先生の息の合ったお二人の対談・演奏形式で進み、とても実用的な内容でした。ショパンの容姿などの意外な視点から当時の時代背景、ピアノのアクションの話まで内容は多岐にわたり、ピアノ学習者でなくても楽しめるのではないかという盛り沢山な内容でした。

(文責:前田、白川)

C.BECHSTEIN

リストやドビュッシー、ビューローなど偉大な音楽家に インスピレーションを与え続けてきた、世界の3大ピアノメーカーの1つ、 ベヒシュタイン。 そのパフォーマンス・芸術性について、ベヒシュタイン・ジャパンの スペシャリストが、公式サイトには載せない、ここだけの話しをお届けします。

0コメント

  • 1000 / 1000