【特別対談】「一人何役も弾く」ということ
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内藤 晃(ピアニスト)
石本 育子(たかまつ楽器ピアノ講師)
加藤 正人(ベヒシュタイン・ジャパン代表)
石本:内藤先生とよく話してることに「普遍的なものを伝えたい」という共通した想いがあるのですが、「普遍的なもの」というのはそんなに多いわけではあないと思っていて。その中の1つにピアノの楽譜の読み解きがあります。
内藤:88の鍵盤で広い音域をカバーするピアノでは、メロディー、内声、ベースラインと一人何役も演じることになります。このすべてのパートに血を通わせていいアンサンブルにするのが至難ですね。どうしてもメロディー以外の要素が「メロディーの付属物」みたいになってしまいがちです。
石本:そうですね、ですのでまだ小さくてさほど複雑ではない曲のうちから、構造を理解して弾く脳を育てるのがよいと思っています。例えばブルグミュラーで言えば25番もいいのですがもう少し声部が見えてくる18番が適していると考えています。
内藤:個々の声部がどんなパート譜になるか、分解して感じてみることによって、声部の抑揚とアンサンブルが自然になりますよね。パート譜のメロディラインが違うのだから、当然声部が違えば異なったカーブを描いていくわけで、これが「一人何役も弾く」基礎だと思っています。
石本:例えば第9曲の「朝の鐘」ではABAの3部形式のAでは上声部は常にE♭で鐘の音だったものが、Bでは2声のアンサンブルになる。複雑な絡み合いはないのですが、ここでは各声部の抑揚があり、Aより脳を使います。バスの動きと和声を感じながらそれをしていくので、子供たちにとっては楽ではなくなりますが、面白いと思ってもらいたいですね。
内藤:ところで、ベヒシュタインの澄んだ響きで弾くと、各声部の横方向の動きもくっきりと聴こえますから、血が通い切っていない声部が浮き彫りになって、アンサンブルの精度を高めていくのにうってつけですね!
加藤:ベヒシュタインの設計・製作思想の一つに<人の声のように抑揚をつけられる音造りができるピアノ>という考えがあります。同じ言葉からも人の声は、抑揚の変化で喜怒哀楽を感じることができますね。ある声部に異なった抑揚をつけることによって、和音の泉の中から感情を強調した声部として浮き立つわけです。音量だけのアプローチとは異なる効果です。ベヒシュタインの独特な倍音構成は、p(ピアノ)からmp(メゾピアノ)でも色彩の変化をつけやすくしています。この概念は100年前から現代に引き継がれる重要な要素の一つです。
石本:逆に、音符を1つ1つの記号としてパソコン入力するように打鍵していることも、また音符を縦に和音として読んでいることも、バレてしまいますね。ベヒシュタインで弾いていると否が応でも繊細な耳が育っていきますね。
内藤:楽譜を、パート譜の集積したスコアとして、ミルフィーユのように感じられるといいです。そのためには、ピアノ曲として書かれていても、作曲家の脳内でどのような編成・スタイルが想定されていたか、鍵盤上にアウトプットされる前のサウンドを思い描けるといいですね。10本の指で広範囲の音域をカバーするピアノは、歌や室内楽、オーケストラまで、あらゆるスタイルの音楽を翻訳可能な、万能楽器なわけです。
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