継承

ドイツと日本の教育制度の違いで、ピアノ製造の技術者を志すドイツの若者は比較的若いタイミングで職業訓練をスタートするのが一般的だ。ドイツは日本でいう小学校4年生で次のコースを選択する事になる。大学進学を目指すギムナジウム、工業や商業などの専門家になる為の企業研修を16歳からスタートするレアルシューレ、工業や商業などの専門家になる為の企業研修を15歳からスタートするハウプトシューレを選ぶ。私がマイスター試験の準備をしていた時に、ベヒシュタイン工場で勉強している若者の中には、大学進学資格のアピトゥアーを取得してピアノ製造の勉強をしている20代前半の人もいれば、16歳くらいの若者もいた。日本と異なる点は、ドイツにはデュアルシステムという学校での理論の授業と、企業での実務研修を並行して行い試験を受けて専門資格を有するという教育制度がある。このデュアルシステムで16歳から木工技能等の実務訓練を過去受けた人たちが、自分の行く事になるピアノ製造マイスターシューレの同僚たちの多くになることを諸先輩達から聞かされていた。

ベヒシュタインの工場での作業はマイスター試験の準備目的であったが、マイスターシューレ(学校)でドイツ人の同僚になる人たちに比べ経験が少ない部分の克服として、私はまず木工のトレーニングを行わせてもらう事を希望した。それが先に書いた木材置き場の整理整頓をすることになったきっかけだった。その次に希望として提示した事が、支柱の組み合わせなどで必要な“ほぞ継”、響板の接ぎ合わせ、響棒加工、駒製作を夫々手作業で行うトレーニングだった。しかしその前にはまだハードルがあった。木工をやったことがある方には当たり前な事だが、木材には目があり、思った方向に切ったり削ったりするコツ、工具の使い方を身につけないと全く話にならない。なので、木材置き場の整理整頓の後は、16歳の木工職人を目指す若者が工場の実務研修で最初に行うことをやりましょう。と木工のマイスターに言われ、ブナのA3サイズ程度の4cm厚くらいの板を渡された(Das ist aber gemeint!)。その板の広いところが“木表”と“木裏”の面になっていて一方は真ん中が膨らみ、一方は真ん中が凹んでいた。 提示された課題は、機械を使用せず、まずノコギリで半分にし、鉋で板を平にする作業だった。ブナは硬い木材で、ノコギリで半分にすること自体が本当に大変だった。渡されたドイツのノコギリは押すときに切れる歯の形状になっていて、日本のノコギリのようにはいかず、なかなか進まない、力の入れ方を教わり漸く板が切れた時には、手の豆はつぶれていた。次に鉋をかけた。最初に、少し歯が曲がった鉋で突起面を抉るように削り、その後で仕上げ鉋で平に仕上げマイスターに見せた。その時既に掌は豆だらけで、私の手を見ながらマイスターは、

「ケンシュウセイハ、ホントウハ マツ ナド ヤワラカイシンヨウジュデ コノトレーニングヲスルケド キミハマイスターシケンウケルカラ カタイブナデヤルベキダトカンガエタ タイヘンダッタダロー アシタホゾギアワセヤロウ」

と言った。ようやく髪の黒い東洋人の私をマイスター試験の準備をする職人として認めてやってもいいぞ。と告げられたような感じを覚えた。

“ほぞ継”と基本的な木材についての注意点について学んだ後、実際のピアノ製作の木工作業を行わせてもらった。ピアノは言うまでもなく木材加工技術が基本で、ベヒシュタインはドイツのピアノ創り、伝統的手工業作品であることを誇りにしている。木工作業の基本無くしてピアノ製作はあり得ない。響板部分の製作工程の責任者は僕に、助響板製作の課題を出した。響板とリムの接着面や、響棒とリムの組込方法は全て、響板のテンションとその保持の理論に基づき木材の含水率を考慮し丁寧に行わなければならないことを説明され、具体的な実務作業に入った。

「ジョキョウバンハ C. Bechstreinノモットモトクチョウテキナブブンダカラ ヤッテミナ」

と言われた。

説明されたような工程で慎重に作業し、接着まで行い仕上がりを見せた時、助響板を手にしながら響板工程の責任者は、助響板を指で叩きながら、

「イイネ コノカンジデ オトガナレバモンダイナイ ココガイイカンジデナラナイト ベヒシュタインノトクチョウガデナイカラネ」

と、笑顔で僕の目の奥を、笑っていない目で見ながら言った。

すごく大切な意味のあることを、もしかして私は聞かされたのでは?と、その時感じたことを今もしばしば思い出す。

その本質的な意味が咀嚼できたのはやはり、その後マイスターシューレ(学校)で自らのピアノの設計をした時だった。

(マイスター加藤)

C.BECHSTEIN

リストやドビュッシー、ビューローなど偉大な音楽家に インスピレーションを与え続けてきた、世界の3大ピアノメーカーの1つ、 ベヒシュタイン。 そのパフォーマンス・芸術性について、ベヒシュタイン・ジャパンの スペシャリストが、公式サイトには載せない、ここだけの話しをお届けします。

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