【特別対談】和声の移り変わりを感じて。
※画像をクリックするとPDFファイルをダウンロードすることができます
和声の移り変わりを感じて。
内藤 晃(ピアニスト)
石本 育子(たかまつ楽器ピアノ講師)
加藤 正人(ベヒシュタイン・ジャパン代表)
石本:私のピアノのレッスン、既存のテキストも使いますが、少し曲のチョイスが変わっているかもしれません。年齢で言うと6歳前後の生徒に、
ギロック「雨の日のふん水」
J.S.バッハ「平均律1巻1番プレリュード」
あと少し大きくなるとベートーヴェン「月光第1楽章」を課題としてよく弾いてもらっています。課題を「弾ける練習」ではなく「和声の移り変わりを感じて音にする練習」をしてもらうためです。
内藤:脳で感じている音楽の変化が演奏に反映されるには、その指令が届くまでにわずかな時間が必要で、変化した瞬間にそれを感じても間に合いません。脳で感じている部分と、手が弾いている部分には、少しだけ時差ができるわけです。「次にどうなるか」を常に前もって脳で感じながら、そちらの方向へと音楽を運んでいく必要がありますね。
石本:そうなんです!平均律のプレリュードは1小節内で同じ形が繰り返されていくので初歩の練習に適しているんです。月光1楽章にしても次の和声を考えている時間がありますね。
譜例1 平均律第1巻〜プレリュード ハ長調
脳内の動きを楽譜に記すとこんな風になります(和声はコードネームで表記しました)
内藤:繰り返すところで、脳がいったん立ち止まって、「次を感じる」ことに集中できますからね!これが、スピーディーに絶えず移り変わっていく音楽になると、脳が次を感じながらフル稼働することになります。僕もひどく疲れている時などは、脳から音色への回路がスムーズでない時があり、そんな時は練習しないでスパッと休んだりするんですよ(笑)。「モグラ叩き」みたいになっちゃうので。
譜例2 平均律第1巻〜プレリュード ハ長調
このような「モグラ叩き」の状態から脱しましょう!
石本:そうそう(笑)脳をフル回転させています。今お話ししてるのは、「次の音符を読んでいる」というのとはニュアンスが違って、次の和声を感じることと音色を想起することを瞬時にやっているんですよね。そんな時に実際に音色のパレットに色がたくさんある楽器が大切かと。
内藤:ベヒシュタインは、要求に応えてくれるのはもちろんですが、とりわけ音と音のあいだの軌跡もクリアに聴こえ、中間色のグラデーションが美しく出るところが好きです。和声や調性の変化とともに、音色が翳ったり、あたたかな光が差したり。そんな微妙な陰翳こそ、人の心の琴線に触れてくるのではないでしょうか。
加藤 ベヒシュタインは、mp~fの音量、特に他のメーカーでは変化をつけるのが困難な中音域で、繊細にニュアンスの変化をつけられますね。ある部分をAのような造りにするとBのような特徴を出せる、とピアノ製作は単純にはいかず、ピアノの特徴は“構造の組み合わせ”で決まっていきます。ベヒシュタインは発音される音の立ち上がりが早く、その直後のディケイと呼ばれる減衰が比較的早く、しかしサスティーンが長いという音の特徴を狙っています。ハンマーが弦を打つアタック音の直後の減衰が早いということは、打弦タイミングのズレが聞き取り易くなります。ですから控えめに際立たせたい音をつくったり、響のスペクトルの変化を狙う時、ピアニストは例えば旋律と伴奏部に微妙な時間的なズレを、強弱の変化に組み合わせる事で、中間色のグラデーションをつけていると思います。ディケイが長い野太い音とは対照的な効果がベヒシュタインでは期待できます。
石本 ベヒシュタインの愛好家さんの中にはこのようなベヒシュタインの個性を知って中間色のグラデーションを探究し、より深い音楽表現を楽しんでいる方々がいらっしゃいます。今回誌上レッスン②に取り上げました方もそのお一人です。
(紙上レッスン②も合わせてご覧ください)
0コメント