【特別対談】ピアノ教育の現場から
※画像をクリックするとPDFがダウンロードできます
ピアノ教育の現場から—
ベヒシュタインピアノの特性を活かしながら音楽をより深く理解するピアノ教育を実践している内藤晃先生と石本育子先生のお二人に、誌上特別レッスンとして今号より連載いただきます。音楽表現の可能性をいかに引き出していくのか、ぜひご注目ください。
隅々までを意識して弾くということ。
内藤 晃(ピアニスト)
石本 育子(たかまつ楽器ピアノ講師)
加藤 正人(ベヒシュタイン・ジャパン代表)
内藤:実は、ベヒシュタインって、弾き手の意識が行き届いていない部分をあぶり出しちゃう、こわいピアノなんですよ!
石本:そういう場面、レッスンでいつも見ています。本人が気づかない音楽的理解の度合い等全てお見通しな楽器。それをレッスン内で指摘すると、びっくりされ、そして急激に変わってくれます。例えば、弾き手がメロディライン等『出したい音』として拘って打鍵した音達が、実は頑張り過ぎると耳にうるさい音として聴こえてくるんです。メロディラインって何でもかんでも出せばいいものではないのはある程度やってる人ならわかってくるけれど、ちょっと大きすぎるとかちょっと解放が遅いとか、を許してくれない楽器。それを最初は指導者が示唆するのですが、いつもベヒシュタインを弾いていると弾き手自身が気づくようになる。
内藤:アンバランスだったり抑揚がおかしかったりするのが、そのまんま音として出てきますよね。ピアノが助けてくれないんです。でも、隅々まで意識を行き届かせて弾くと、どこまでも微細なニュアンスで応えてくれる。アラが目立つというのは、実はすごく反応がいいということなんですよね。
加藤:そうですね。お感じになっているようにベヒシュタインはハンマーが打弦した瞬間の音の立ち上がりが早いです。これは、響きを拡張する音響部位全体の構造の特徴にあります。また、整音という音を整える作業がありますが、小さな音での音色の変化も明確に出るポイントを探りながら行います。声のように多彩な抑揚をつけたいわけです。これはベヒシュタインの独特な倍音構成があるからこそなせる技でしょう。
内藤:このような反応のいい楽器だと、出したい音色を探ってるうちに子どもたちの音へのアンテナが研ぎ澄まされていきますね。
石本:隅々までの意識、まさに最近の指導で核にしているところです。脳をフル回転させないとできないことでもありますが。だから、見学してるお母様がきょとんとされることがあって(笑)生徒がたった一回弾くと疲れてヘロヘロになって私が「『よく頑張ったね、ブラボー』この曲終わり」みたいな。
内藤:そう、脳を使うんです!フレーズを歌うとき、その行き先を見据えて歌い出さないと自然な抑揚がつくれない。和声に沿って音色をふっと翳らせたいとき、1-2拍前あたりからその行き先が意識できていないと、間に合わない。手がいま弾いているところと、脳が感じているところは、時差が必要なんです!
石本:時差、すごく重要だと思いますね。その時差の長さ?も次にどんな音楽があるかで変わってきますし、次の音楽をどう理解しているか、もその時差の取り方でわかってしまう。指導者にとってもわかりやすい有難い楽器です。
内藤:無神経な弾き方をしてしまってもある程度いい音で返ってきちゃう楽器があるなかで、ベヒシュタインは、脳からの指令が間に合ってないときと間に合ったときで、音色が如実に変わりますね。
加藤:先に説明した音の立ち上がりの速さと、もう一つ、響きに透明感があることも音色の変化を大きく感じる要素の一つでしょう。響きに透明感を出し、音域による響きの違いを作りやすくする独特な響板構造がベヒシュタインの特徴です。この構造部分をベヒシュタインでは、グランドピアノではメインリブ、アップライトピアノではレゾネーターと呼んでいます。これは、響板内の振動伝搬を区切る独特な響板工法で、他に例を見ない響きの体験を実現します。ダンパーのハーフペダルなどで音を持続させても全体的に響がすっきりしていて全体の響きが濁りにくいことと、演奏の方法により、音域別に響きの感じを変えやすくなります。この響きの音域感は18 世紀〜19世紀当時のピアノが持つ特徴でもありました。ピアニストは全体の響きの中に旋律的な流れと和声的なバランス双方を意識しながら音楽を進めていくと思いますが、音の置き方をベヒシュタインははっきり見せてくれるはずです。
内藤:音の置き方、おもしろい表現ですね。確かに、ベヒシュタインは、響きの奥行きのなかでどのあたりか、音の位相・遠近感がわかりやすいです。ところで、石本先生が実践されてる、脳からの指令に必要な時差を子どもに体得してもらうためのアプローチについて教えていただけますか。
石本:実は少し変わったソルフェージュ指導をしています。リズム課題で1小節のまとまりを幼児期から吸収すること、前の小節の最終拍で次の小節全体を思い描くこととそれを叩くことの準備ができる脳を育てます。いつ指令を出すか、もとても重要ですが、次の音楽をイメージできる力も同時に育てたいなと思っています。
内藤:そうですね!とりわけ大事だと思うのは、鍵盤上で音にしなくても楽譜を音楽として脳内再生できる能力、そして、音楽の全体像を描く能力です
石本:はい。そういう意味で、マスタークラス授業でも構造の理解は重要度高いです。『森も木も』見えるように、です。
内藤先生、石本先生がお感じになっているベヒシュタインピアノの特性を活かしながら、実際どのように子どもたちに音楽を理解させていらっしゃるのか、誌上レッスンと動画をリンクして公開いたします。
0コメント